kiee piano blog

40代ピアノ愛好家の自作曲紹介、音楽ネタ。それ以外も。

トカゲちゃんとかくれんぼ

先週のこと。帰宅して、洗濯物を取り込み、ふっと一息したところで、床に黒い何かが動いているのがみえた。
なんだ??虫にしてはなんか大きい。

近づくとトカゲだった。

どうしよう。触れるかな。うーん、ダメだ、無理だ。何か、捕まえられるものないかなと探してる間にいなくなってしまった。

困ったな。落ち着けないな。

しばらく探し回ったが諦めた。なにせ、暑いし、クタクタだ。

どっかりとリビングのソファーに座りアイスコーヒーを飲みはじめると、1メートル先位の床に現れた。
思わず、うわ!!と叫ぶと、驚いたのか、一瞬バタバタして、猛スピードで家具の隙間に逃げこんでしまった。

それ以来見ていない。
家族はとりあえず、そんなに怖がってないのは良かった。二人とも触れるらしい。
けれど、うちにはハムスターがいて、もし、ハムハウスにトカゲが入り込んだらどうなるのか心配だ。
戦うの?補食するの?
調べると、カナヘビという小さなトカゲだ。大きめのハムスターならそれを補食するらしい。でも、うちのは小さいし、逆になりはしないか。心配だ。

普段は、お野菜でちよーと食べ物をちょこちょこあげるため、台所の近くにハウスを置いているが、トカゲが現れてからは寝ているあいだと留守番の間は心配で寝室に運び込んでいる。
このソワソワいつまで続くんだろう…。


中学生の頃、田んぼのすぐ近くに家があった。雨蛙がそれはもういっぱいいる環境で、たまに家に上がり込んできた。
私はそれは平気だった。可愛いくらいに思っていた。
しかし、蛙がいるということはそれを補食する蛇がいる。それも、うんと長いやつ。私は脱皮した皮しか見かけたことがなかったが、母は何回か本物に出くわしていた。

ある日、母が一人で家にいると天井裏でざー、ざー、ざーと何かが移動する音が聞こえた。なんだろうと思い、押入れの天井板を外すと、蛇のしっぽが垂れ下がってきたそうだ。

その話を聞いてからは、一人での留守番はソワソワどころか、怖くてしょうがなかった。
私が初めてその音を聞いたのは、母と一緒の時だった。一人でなかったのは良かったが、それは、家庭訪問の日だったから、二人してかなり慌てた。

どうしよう、先生がくるまでになんとかいなくなってくれないと。怖いよりも、恥ずかしいことになりたくないという気持ちでいっぱいになった。
そこで、母が、蚊取り線香を焚くと蛇がいなくなるらしいという知恵を思い出した。
ほんとかどうかわからないけど、二人して火をつけた蚊取り線香を手に部屋中を歩き回った。

先生がくる15分前にその音は止んだ。ほっと胸を撫で下ろした。


トカゲ、庭先で見る分には、あら、トカゲちゃんなんて思っていたのに、家の中でみると、たじろいでしまう。
知らぬ間に出ていってくれていたらいいのだけど。
蚊取り線香、焚いてみるかな。
だけど、もし、煙たくて出てきたりしたら…。
絶対にうわ!!って言っちゃうな。バタバタさせちゃうな。その一連の流れを想像すると怖い。

ソワソワしちゃうな、全く。

ほんとうのハナマル

今週はショックな出来事がひとつ。

どうしても落ち着けない子に困り果てている。人手が足りないとヘルプ要請があった。
普段はみていない低学年の子。
座っていられるだけで花丸ですからと説明を受けた。

当日、机の上は、教科書や筆箱が何かに見立てたように積まれて、折り紙で作った動物が散らばっていた。
新しいせんせい?ねぇ、みて、これおうちだよ!と
教えてくれた。

座っていられればいいんだしと、そのワールドに耳を傾け、小さな声で相槌を打った。
先生からその子に、授業の取り組みを促す声がかかった。そうか、やれそうならトライさせるのね。

広げたおうちを、リフォームします!といって縮小して、ノートを広げて、しあげて先生に見せに行った。
花丸をもらえてニッコリしていた。
普段書かないのに、新しい先生にいいとこ見せたいのねという評価を私は頂いた。ビギナーズラックというわけか。とりあえず、初日は無事に終えた。

二日目は更にマイワールド披露モード全開だ。プリントの裏にゲーム画面のような絵を書いてイマジネーションを広げていく。海賊がでてきたり、ボカボカボカボカと効果音があったりとバトルアドベンチャーなゲーム世界。もう、楽しくてたまらない。しょうがないので、私もそこに吹き出しを書くことでお邪魔して、さぁ、さんすうステージへ進もう!とかなんとか、勇者は伝説の鉛筆を取り出したとかなんとか、書き込みで話しかけると、その子が決定ボタンという丸を書き込んで、そこをポチッと鉛筆でタッチすることで納得して進むという流れができた。少しずつしか書いてくれなくてとても時間がかかったが、なんとか終えるとステージクリア!とその子は笑みを浮かべ、意気揚々と先生の元へ丸をもらいに行ったのだった。

だが、なにこれ?ちゃんと書き直してと返された。

笑顔は消えて、なんだよ、やったのに!と怒りが吹き出した。せっかく仕上げたプリントに鉛筆ででぐしゃぐしゃに線を書き込む。手でくしゃくしゃにする。それをハサミで切ろうとする。先生の名前を交え悪態をつく。机の上のもの中のものを投げ散らかす。涙をこぼして。

これくらいで丸がもらえて、気持ちよく終われるだろうと考えた私が甘かった。
式の書き方、答えの書き方を徹底しなければならなかったのだ。
詰めの甘さのせいでステージクリアの笑顔をあっという間に消しさってしまった。

引き継ぎが来て、こんなに散らかってと言っていた。なんで、教科書積まれてるのとも言っていた。
そうだよね。成すべきことがわかってなかったのは私だ。
座っていられれば花丸の言葉に甘えてしまった。
何事も、これくらいでいいかと妥協してしまう悪いくせがでてしまった。
座っていられれば花丸は、つまり、座らせておいてもらえれば花丸という急に支援に入ることになった私への配慮だったのだ。

けれど、頑張りを認めて、足りなければここをこう書いたらいいよと優しく伝えてくれても良かったのにとも、つい思ってしまう。
咎めるように言うのは、あえての教育的配慮なのかもしれないし、厳しさがとても必要なのは最近はよくわかってきた。それが不足している私は駄目だなと思う。所詮、素人だ。
先生方も苦しい気持ちで厳しくしているのかもしれない。
それでも…。嬉しい気持ちから悔しい気持ちへの急降下がなんとも胸が痛かった。

次にヘルプに入るときがあれば、うまくのせることにばかり気をとらわれないで、机に積まれた教科書をしまい、課題は丁寧、間違いなく書いてもらえるように促そう。その子がほんとの花丸をもらえるように励まそう。ステージクリアの笑顔が見られるように。花丸ゲットだぜ!

サウスポー指南

うちの子、左利きだ。
そう確信したのは、離乳食を始めた頃。
初めてのスプーンを迷わず左手に持った。

うん?たまたまかしら?
と右に持たすと、いつのまにやら左に持ちかえる。

えー?私の子が左利き?夫も違うのに?
意外だった。まぁ、食べてくれればいいや。と思った。
なにせ、何よりも母乳が大好きで、食事中でもスプーンを放り投げ、食べ物を口の周りにべったりつけたまま、私の胸に食らいついてくるほどだったから、何でもいいから食べてくれればそれでよかった。

ほどなく、お絵描きを始めると、やっぱりクレヨンを持つ手は左。
右に持ちかえさせるべきだろうか…。
だけど、楽しく描いているなら、好きなようにさせてやりたいという気持ちが勝った。

箸を持たせる試みを始める年頃になった。
ここで、私は決めた。箸は右手で持たせよう。
左では自分が教えられない。

ハサミを使う年頃になった。
よし、刃物も右手で持たせよう。社会に出て、何気なくおいてある共有のハサミは左利きようなんていちいち用意しちゃくれない。できなかったら不自由するかもしれない。
そのうち包丁を扱うようになったら、それも右でさせよう。

字を書く年頃になった。年長さんの頃だ。
よし、絵はナチュラルな左のままで、字だけ右で挑戦させてみよう。

さて、どうなったか。身に付いたのか。


箸、刃物は右手に落ちついた。比較的スムーズだった。

字は紆余曲折あった。結局のところ、私の目が届かない学校で字を書くことが殆どになったので、本人的に楽な左で書くようになっていった。学年があがっても、あまりにぎこちない字を書いているので、やっぱり駄目なんじゃないかと右でさせてみたりして方針が定まらない時期もあった。それでもやはり左手に落ち着いた。時間はかかったが、整った字を書けるようになった。

とはいえ、習字の時だけは右でする。小学校では割りと習字の授業はあるので、これは身に付いた。中学では年に一度の書き初めの宿題位だが、自然に右に筆をもつ。

縫い針は左。進行方向が逆になる。あまり関わらなかったが、これはもう勝手にできるようになった。

ボールは何も教えてないのに、どういうわけか右投げ。不思議。

PASMOで改札を通るときは、右手でタッチ。これはアドバイスした。

私の知らないところでの左利きの苦労話としては、
アルプス一万尺のせっせっせの手遊び。覚えたての頃は友達と逆になり苦労したが、回を重ねできるようになったらしい。

左利きをどうするのが良いのか、結局のところ正解なんてないと思いたい。
私の知る限りの左利きの大人は、オール左もいれば、書くのだけは右という人もいる。
うちのように、箸、刃物だけ右というのは自分の周りではお見かけしない。
今時は矯正はしない流れだから、左利きの子はクラスに5人前後、もしくはもっといたりもする。
その子たちをみると、各家庭で節目節目の葛藤があったのかしらなかったのかしらと思い巡らす。

ちょっと前だけれど、サッカーワールドカップで日本チームが決勝トーナメントへ進む為の監督の采配が話題になった時に、何だか、この左利きの采配を練っていた頃の自分を思い出した。
世間は何とでも言えるけど、決断を下せやしない。
それができるのは監督だけ。
私が監督のように、右だ左だと采配をしたことが、良かったのか悪かったのかわからない。私の指南に混乱してしまったこともあったに違いない。
だけど、スルーするのかしないのかを決めなければならない立場にあるのは、この子においては他でもなく自分だった。

小さい頃から大好きな絵は、今でも好きで得意だ。
ナチュラルを奪わなくて良かったと思う。
左にペンを持ち滑らかに線を描く。
でも、色塗りは右手も使う。これは、字の指南であれこれしたせいかもしれない。
スマホのタッチもどっちでもしている。

左利きは理数系が得意という説がある。真偽はわからないけれど、確かに得意だ。超文系の私からすると、とても頼もしい。

そうは言っても、私の知らない左利きあるあるで不便していることもあるかもしれない。
逆に、得していることもあるかもしれない。

今ではもう、サウスポー指南をすることはなくなった。
"腕時計、右手にはめてる!"と小さな違いを新たに発見しては、ただ、可愛いなと思うだけだ。

目にまつわるアイテム徒然。

40半ばにして、ソフトコンタクトデビューした。

20年以上、ハードコンタクトを使い続けてはいる。以前は毎日していたが、最近は仕事は眼鏡、お出掛けはコンタクトという具合になってきた。
というのも、ハードは目にごみが入ると、とても痛く、屋外の砂ぼこり舞う環境での仕事となったときは不向きだからだ。

それにまた、公私でスタイルを変えると利点もある。
プライベートで眼鏡を外して髪を下ろすと、しっかり目をあわせてこちらから声をかけない限り自分とは気付かれない。装いがスポーティーな勤務中とは違うのもあるかもしれない。
前の仕事でもスポーティー眼鏡だったから、プライベートで声をかけると、全然わからなかったと驚かれ、休みの日は変身していると言われたりもした。

この間も、女の子集団に休みの日にすれ違って、おーいと声をかけたら、一瞬わからない様子だった。
次の日に、そのことを互いにワイワイ話したけれども、場合によっては、やべっ!こんなとこで会っちゃった!とヤバくもないのにそう思わせてしまうかもしれないので、敢えて声をかけず、普段はこんな感じでつるんでるのかー、へーとほくそ笑んでることもある。
それに、もし自分だって、店で洋服をあてて鏡の前で吟味しているところをみられたりしたら、相手が誰であれ、ちょっと恥ずかしいので、わからないに越したことはない。

さて、そんな私がソフトコンタクトを始めた理由は
プールの授業が始まったからだ。
プライベートでも、夏になればプールは散々、子供と行っていたが、そのときはいつも裸眼だった。ハードは濡れれば外れてしまうし、眼鏡もプール内でつけるのは禁止されていようがいまいが嫌だ。
子供は勝手にどこかに離れて行くタイプではないから、遠くまで見渡せなくてもなんとかなった。
たいして泳げないながら、子供と水と戯れるのは楽しかった。けれども、プールまで眼鏡をかけて運転し、到着して外すことで、見えかたの落差から頭痛が引き起こされ、薬は飲むものの帰りの運転はいつも辛かった。

その落差頭痛を仕事中に引き起こしたくはないし、何より、見えないのはいけないので、使い捨てタイプのソフトコンタクトを試してみることにしたのだ。

ハードに比べ、レンズが大きく薄っぺらい。着ける際にはまだスムーズにはいかない。指からレンズがなかなか離れてくれず瞳にのせられない。
使い捨てというところもなんだか勿体なくて、プールの日にしか今のところ使ってない。
それに、プールで万能かと言えばそうでもなくて、潜らなくても水しぶきがまともに目に入ると痛いし、保護の為にもゴーグルはかけなくてはならない。それなら、度つきのゴーグルを買えば良かったのかなと思ったりもする。

けれども、昨日、お出掛けしたら風が強く、ハードをしていた目が痛かった。
やっぱりソフト便利だな。これからは、本格的に移行しようかなと思いつつ、経費を考えたりすると、目がいいって何よりの宝だなぁとつくづく思う。

近視の慰めをしいていえば、常に視界を矯正してみているから、老眼が始まっているのかいないのか実感としてわからないこと。
小さい文字を離してみてしまうこともないし、シニアレンズをその都度かける煩わしさがないことだろうか。

とはいえ、やっぱり目が良いほうがいい。
もう既に視力が悪くても、目の病気をしないように
大切にしたいもの。
ちなみに、眼科医によると、ソフトコンタクトはプールを終えたら、塩素や雑菌が入り込んでいるので、すぐに外したほうがいいそうだ。
目に触りなれているから、そちらはお手のもの。
外すとほっとする。やっぱり目は裸がいい。

目が良ければ、サングラスだって度なしだけでいいのに。
運転するからやっぱり必須。コンタクトでの運転のときは度なしサングラスを掛けるけれど、眼鏡のときは日除けでしのぐ。
作ったらいいかなどうかなと、ずーっと悩んでいる度つきサングラス。アイテムばかり。アイテム徒然。。。

夜更けのお茶会

先週、家族と夕食をすませてから、友人とファミレスでお茶をした。

平日のランチには出向けない私と小学生の子供たちがいて土日には単独行動ができない友人の落としどころの時間はそこだ。

夕飯さえ食べさせれば、夫が帰宅していなくても、うちのは中学生だからもう勝手にすすめられるし、友人も子供たちの夕食とお風呂をすませ、布団を敷けばあとは御主人に任せて出て来られる。
友人と会う周期は3ヶ月に一回くらいだ。

彼女は高校の時のクラスメートで、偶然にも、そこからは近くはないこの町に共に暮らすことになった。
高校時代はいつも一緒にいる仲ではなかったが、なんとなくお互い好いていた。その頃、メモ用紙に手紙を書いて渡し合うのが流行っていたのだが、いつの日か、当時笑いを取っていたブラボーポーズを決める私のイラストに"おばあちゃんになってもずっと友達"とメッセージを添えた手紙をよこしてくれた。
この子、相当、私のこと好きだなって当時は思ったけれど、現にこうして会っている。それはまるで未来を予感したかのようで、時々しみじみと思い出すのだが、彼女はそれを覚えていない。

互いに夕食でお腹がいっぱいで、ドリンクバーだけを注文した。
そこは、茶葉の種類が充実している。何杯飲んでも300円台。お財布に優しい。店側からすると、客単価が安い歓迎したくないゲストだろうけども。

彼女の子供の話、私の転職所感、進学にかかるお金の心配もろもろ話して気づけば2時間があっという間に過ぎていた。夢中になりすぎてドリンクバーも2回取りに行っただけだった。

日常の些細なテーマを掘り下げ切り分け引っ張って、ただ話しただけでも心がなんだかスッキリした。
元々、状況を説明するのが面倒で悩みは相談しない方だし、そもそも現状を口外すべきでないからしないけれども、なにも核心を吐露しなくたって楽しい気持ちに転換できるもの。
6月病疑いに晴れまが射したようだった。夜だから月明かりとでもいうべきか。

日頃、喋り足りてないと感じたのは、大人どうしのピーチクする時間が少なくなったからなんだな。
気安く話せる関係は今となっては貴重だな。

その夜更けのお茶会のおかげか、先週はポロポロと反省はあれど、それなりに充実もした気がする。
始めて3ヶ月、150人ほどの生徒の顔から名前が出てくるようになった。これくらいは当たり前かもしれないし、これでもまだ担当学年の全員は覚えきれてはないけれど、40過ぎてもこれだけ覚えられるなんて、まだまだ伸びしろあるって前向きに思ったりしている。

伸びしろといえば、サッカー日本代表
ちょっと強引かな。

疎い私もNHKのサッカーハイライトは毎日見てる。
いかなる国の選手であろうと、ゴールを決める映像には、おーっ!となる。
テーマ曲も気がつくと鼻唄うたってるし。
4年に一度のにわか観戦だけれども、今晩の日本戦は夫がみている横で最後までみることになると思う。

楽しみですね!




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夜更けのお茶会。美魔女が二人。






6月の病?

なんでしょう。ここのところモチベーションがあがらない。
心がからっと晴れる話題とは正反対なので、ノーサンキューなかたはスルーしてくださいね。



週末は大体、なにもしなくてもいい一日がほしいとつくづく思いながら、ルーティーンを後回しにして、午前中がすぐにすぎてしまう。
昼過ぎに洗濯物をやっと干しだす始末…。
今日は土曜日の弁当もさぼってしまい、コンビニに行かせた。たまにはいいよね。だよね。

今の仕事は、やだやだと思うことはないけれど、心への浸透率がだいぶ高い。目の前にしているときと同じくらいに家にいても状況を浮かべてしまう。
反抗期を迎えた子達の攻撃的な態度にポーカーフェイスで応じながらも心は打ちのめされる。
思うに、こいつら!くらいの怒りの感情に転換することも時には必要なのかもしれない。

自分の子供が小学生のときに行った授業参観から感じていたけれど、今時の授業中は賑やか。離れた席どうし会話が飛び交う。まるで、バラエティー番組の雛壇芸人のガヤのように。
我々の頃はシーンとして、手をあげるのも周囲の様子をうかがっていた。この頃の名残なのか、懇談会で、何か質問があるかたと聞かれてもシーン。情けない現状だと思う。
今はみんな手をあげるし、発言が飛び交うし、いい意味で活気はある。大人になっても、意見が言えそうだ。しかし、授業とは全く関係ない会話も飛び交う現状もある。時には口喧嘩に発展さえする。
私の声がけよりも、学級担任の声がけは絶大で、それは最もなこと。
だけれど、聞き入れて静かになるのは一時のことで、ガヤが飛び交う学級に戻る。
私としては、落ち着きがなかったり、何でも声にしてしまう子をフォローしなければというところだけれど、個々による。慕ってくる子はわりかしいいが、反発的である子は難しい。
声の大きさのコントロールということが、その子に備わったどうしようもない性質という可能性もある。攻撃性もしかり。

ゆとりが終わり、毎年のように教育要領が変わり、授業時間が詰まっている。月曜から金曜まできっちりと。多いときは七時間めまである。まるで会社勤めのようだ。
フルタイム勤務から退いている私からみると、子供たちがそれをこなしているだけで快挙に思える。
先生方の仕事の多さ、課題の多さにも愕然とする。
若い頃から目標を掲げて、教師になっていることにも頭が下がる。知識や経験値にも。
今更、自分はそれにはなれないけれども。こんなに子供が好きってことは母になるまで気がつかなかったな。

問題がある子も、問題がないと見える子たちも、大人に対する敬意が少しでも芽生えてくれたらなと思う。それが希薄な時代の空気は大人が作ってしまったのだろうが。
思春期は激しく磨きがかかるとき。一時の過程であってくれたら。

いや、しかし、結局のところ、まだ自分だって磨き終わってない。芯のところは小学生の時分と変わってない。磨いてきたというよりは肉付けしてきた感じだろうか。なんだかそれが剥がれてきてしまったような気がする。それが、モチベーションの低下に繋がっているように思う。

日々の楽しみは夜のピアノ。気づけば一時間はすぐに過ぎる。
剥がれかけた気持ちを接着するのだ。明日も行くぞって気持ちを。遠慮はしないぞって勇気を。
そしてまた、このブログも接着剤なのかもしれないな。

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伝わるかなぁ。紫陽花です。

確実に着実にありたい。

新しいことを始めると、エネルギーの配分がそちらに多く注がれて、そのしわ寄せが今までできていたことに向かうのだろうか。
それが顕著になる出来事が二つ。
大変な失くしものをした。

一つめは、印鑑。提出書類の押し直しがあるかもと持ち歩いていた。というか、ラフにかばんのポッケに入れてそのまま忘れていた。
そういえばと思ったときにはもうなかった。多分、車のキーを出すときにでも引っ掛かって落ちたんだと思う。
あちこち行っているし、どこで落としたかもわからない。一応、警察にもきいた。それほどスタンダードな名字ではないから出てくるかもと思って。
印鑑の忘れ物は膨大にあるということでしばらく待ったがデータの中ではみつからなかった。
銀行に連絡をして、印鑑を止め、窓口で新しく登録。それを3店舗ほど。
この手続きは、思ったよりは大変ではなかったが、もうほとほと自分に呆れた。

それなのに、またやってしまった。
運転免許証がないのだ。
思いあたる節がある。
何かの身分証明の拝見で運転免許を提示したときに、これまたラフにカードスペースではなく、小銭スペースに戻した。それは思い出せる。
そこにレシートがたまり、ろくにみないで一緒に捨ててしまったんじゃないだろうか。
荒れ果てた私の生活。しっかりしろ。

あー、もう、これは免許交付所に行かなくては。
結構、遠い。有休をいよいよ使うときがきたな。すみません、急な用事ができてしまって…。と言わなきゃなぁ…。申請の仕方も聞かなくちゃなぁ。あー。そして、再交付の手数料。あー。

悪いことが続くと、なんだか人生ゲームみたいって思う。
失くしものをして一回休み。おまけに罰金を取られる。
職業ゾーンで医師とかパイロットとかになれてたら、そんなことではびくともしないのだろうか。

いやいや、社会人としても家庭人としてもなっちゃないよ、全く。
転職は何回かしたけれど、ここまで追い付かなくなっているのは初めてかもしれない。
授業の進捗具合をみながら予習をしておかなきゃならない。アプローチの仕方が私の頃とは違うため、即座には応じられないからだ。まずは家で頭をひねる。
自身の子供の事もますます忙しいこの頃だったりもする。時間を作ったり、様々なスケジュールや進路の情報やらが落ち着きなく頭の中をぐるぐる回っている。その状態でお買い物。カオスな財布。

免許を失くしたことは夫には黙っておこうとも思ったが、ここ2日ばかりは可能な時は乗せてもらわなきゃならない。運転できない理由を言うよりない。

あのね、免許証なくしちゃって…。
でもさ、結婚してからこれまで失くさずこれた毎日を評価してほしいなぁ。初めてだからね。
すごいと思わない?

と言ったら、ハハと短く笑っていた。

ちょっと救われた。

それにしても、面倒な仕事を増やしちゃったな。何年ぶりだよ免許センター。

これからは、毎日を確実に着実に。
今度こそ、そうしたいと思った。