kiee piano blog

40代ピアノ愛好家の自作曲紹介、音楽ネタ。それ以外も。

しくじり先生。音大を目指した高校時代 後編

高校に入学して、ほどなく、ピアノに邁進し始め、
3年生になってからは、ピアノの先生の知り合いの
ピアニスト(とはいえ、ほぼ無名と思われる)に
師事するようになりました。

11月の推薦試験に向けて、課題曲はツェルニー50番から一曲、自由曲はモーツァルトピアノソナタに決まりました。

チェルニー50番に入り、私は徐々に
自分の限界を感じ始めました。腕がとても疲れて、指が固まることがあったのです。肩こりにも悩まされました。
ピアニスト先生には、ハノンをやってこなかったからよと一喝されました。指を鍛える鉄板メソッドです。
元先生はハノンは使わず、ツェルニーをリズム変化させて、代用するレッスン方式でした。

本を買ってみたりして、フォームを研究して、
ハノンに取り組みながらも、小さい頃からやってこなかったから手遅れじゃないのか…そう思えてなりませんでした。

加えて、これが、一番苦しかった。
私は極度のあがり症なのです。
暗譜が飛んでしまうのです。左手がわからなくなる。それも、いつもすんなりと弾けるところで。

発表会は元先生教室とピアニスト先生教室の
両方出ましたが、上手くいった試しはありませんでした。

試験に挑むまで、色々な葛藤がありましたが、
そこは割愛します。

推薦試験当日、筆記試験を終え、実技試験。
会場には試験官5人位と、控えの生徒2人位。
真ん中に置かれたピアノ。

まず、練習曲、これはたしか、弾けた。
自由曲、失敗しました。飛んだのです。
無音、弾き直すも、でてこない。音がわからない。2小節は飛ばしたと思います。
そこからは、止まらず弾きましたが、あ、落ちたなと思いました。

なんでそうなったのか、思い返すと、怖い感情が何よりも先だって、集中できてなかったことだと
思います。その時に限らず、発表会でもそうだったけれど、何故か、弾きながら、怖い考えが、突如、頭に浮かんでしまうのです。

それなのに、元先生は私をかっていました。
特に表現力という点において。
私も曲想をつけることはとても好きでした。

しかし、表現力だけでは成り立ちません。例えば、フィギュアスケートならば、芸術点が高くても、ジャンプで転倒を繰り返してはメダルは取れません。それと同じです。
技術と精神力こそが要めなのです。

案の定、不合格でした。
元ピアノ先生はどうしてよ!と大学に理由を
問い合わせました。モンスターティチャーですね。

意外なことに、実技は合格点でした。
筆記が足りなかったようなのです。

でも、私はもう人前でピアノを弾くことが恐怖に
なっていたし、音大に入ったとしても、ピアノ漬けだ。 もう嫌だ。
そもそも、実技がずば抜けていれば、筆記の不足をもカバーできたんじゃないか…?

2月の本試験に挑むことなく、私はピアノをやめました。そこから、しばらくは蓋を開けることもありませんでした。

時を経て、普通の大学に進み、社会に出て、
結婚して、幸運にも子を授かり、今に至ります。

もう、20年以上前の話です。
もしあの時…とは思いません。巡りめぐっての今に
辿り着くには一本道しかなかったのです。

一年前、体験レッスンを受けた教室の発表会で、
飛び入り参加で弾くことがありました。
簡単なスタンダードナンバーにしたけれど、
淀みなく、集中して、楽しんで弾けたのです。

何になるわけじゃないけど、ステージを
楽しいものにできるかもしれない。
そう思ってまた、教室に通い始めました。

年を重ねて、振り返りたくなるもの、それが、
きっと、心が一番に求めるもの。
先生は気づいていたのかも。この子はそうだから、
それを仕事にするべきだと。

一番足りなかったのは、音大に行きたいんだ!という、自分の気持ち。その時には思えなかった。それが全て。

Jr.には、大好きなことがあり、将来の夢もはっきりしている。それが、とても嬉しい。
私は全力で応援しています♪ヽ(´▽`)/