kiee piano blog

40代ピアノ愛好家の自作曲紹介、音楽ネタ。それ以外も。

母に似た人。

私の母は自分の世界を子供いろに染めるつもりは全くない人だった。甘えた記憶も殆どない。でも、働きに行く、食べさせる、進学させる。これを叶えてくれたことには、とても感謝している。
相談事をすれば、あんたの思うようにしたらとしか言わない人だった。贅沢かもしれないが、将来を迷っているとき、偏った考えでもいいから、母の信条というか、指針といいうか、そういうものを言ってほしかったと思ってしまう。離婚によって幼い頃から父という存在がなかったことで、何か、強力なパワーみたいなものに憧れて、もし、父親がいたら私はどんなだったんだろうと想像してしまう。今でも。
厳格だったり、愉快だったり、それを体験したかった。

父親の理想像が空想でしかないので、夫の子供との関わりをみると、こんなのでいいのかと思ってしまう。やはり、私の母と同じで、仕事仕事。そして、より疲弊していて、頭のなかに家族のことはどのくらいの配分で存在しているのだろうかと思ってしまう。愉快な考えさえ忘れ去ってしまったんじゃないかと。

子供のことに関しては私の一人相撲。今風に言うならワンオペ育児。保育園に通っている年頃のときは、特にその感覚があった。

今だって、仕事から帰宅をすると、ご飯ができるまで寝る、ご飯食べる、テレビ、お風呂。で一日を終わらせる。話しかけても反応がうすい。

母親のように面倒をみる。夫は居心地がいいかもしれない。安心して、休みの大半を寝て過ごせるのかもしれない。せめて、思いみたいなものを感じられたら。指針のようなもの、信条なようなもの、それを感じられたら。能動的に関わってくれたなら。
母に言えずに欲していたものを、また夫に欲している。

夫は疲弊しすぎて愉快な感情や誰かの為に思いを巡らせる感情を失ってしまったのかもしれない。それとも安心しきっているのだろうか。
言わなければ何をしても気付かなそうだ。

甘えられているというよりは、丸投げされている感覚の大人の世話が煩わしいと、時々思ってしまうのは、もしかすると、私自身が疲弊して、優しい感情を呼び起こせなくなっているのだろうか。まるで母のように。

お互い様なのかもしれない。
文字にしてみてそう思った。


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なんだか、カーペンターズを聴きたい気分。
I need to be in love 青春の輝き