母が好きだった音楽
車の中で音楽を聴くことが、幼い頃から多かった。
母はムード音楽をこよなく愛していて、
私が自分で好きな音楽を詰めたカセットを
持ち込む年頃になるまで、その音楽を
空気のように聴いていた。
イパネマの娘、黒いオルフェ、ディアハンターの
テーマ、恋は水色、夏の日の恋…
流麗なオーケストラ、時にはボサノバ、
時には哀愁のギター。
楽器はできない母だったが、インストゥルメンタルをこよなく愛して、私も自然と覚えていった。
歌のある曲を聴くとすれば、カーペンターズ、
アンディー・ウィリアムス、フランク・シナトラ。
全く裕福とはほど遠い暮らしなのに、
美しい煌めきを感じる質のよい音楽に
包まれていた。
母は若い頃から英語が好きで、それを職業とは
していなかったが、外国の文化に憧れ続けていた。
アメリカとフランスに文通相手がいて、エアメールが時々、届いた。小さな小さな美しくない家に。
トリコロールの縁取りの封筒、青インクの文字。
その周りだけ輝いてみえた。
クリスマスには、私たち姉妹にプレゼントが届いた。
一番嬉しかったのは人形。バービーではない、
バービー風の人形。
私たちの個性に合わせて、姉にはブロンドロングヘアーでピンクのドレスを着た人形。私にはブロンドショートカットでレモンイエローのパンツドレスを
着た人形。
とっても気に入った。
今となっては、どちらかというと落ち着いてみられるが(そのイメージはすぐに崩壊)、その頃はワンパクガールだった。でも、本当は人形遊びが大好きだったからとっても嬉しかった。
マリアとアリアと名前をつけて、随分、遊んだ。
母は相手の子供には、マジンガーZの着ぐるみを
送っていた。当時、あちらで放送されていたらしい。
その後、送られてきたフォトにはそれを身に付けた少年が嬉しそうな笑顔で写っていた。
そんな風にカタカナのものに囲まれて、育った。
特に、私はその影響を強く受けた。
洋楽がしっくりくるのも、しっかりできないながらも英語が気になり続けるのも、そのせいだ。
なんで、こんな風に、母の好きな音楽を
思い出したのか。
それは、A day in the life of a foolが聞こえたからだ。
NHKで放送されている、LIFE というコント番組のオープニング曲だ。
家族が、録画したその番組をみていて、私は台所仕事で背中を向けていたが、その曲を聞いて、車の中の空気を思い出した。
これ、黒いオルフェだ。
ボーカル付きのお洒落で軽快な仕上がりもいい。
私は、このちょっと大人っぽい音楽を
いち早く、聴いて育ってきたことを
とても、嬉しく思う。
その母が最近好きな音楽は
高橋真梨子。言葉をかみしめて、口ずさむ。
それもまた、いい。